2012年02月09日

F/トルストイ「エメリヤンと太鼓」の秘密

「エメリヤンと太鼓」の秘密
エメリヤンと、捨てられるもの一切を捨てたトルストイと

 ロシアの民話の森の世界に子どもたちを連れていって遊ぼう、と発想したとき、ちょっとむずかしいかも知れないがどうしても一つ入れたかったのがトルストイの作品。
 ご承知のように、レフ・ニコラエヴィッチ・トルストイは、数かずの名作を書いた大文豪であるとともに、ガンジーと並んで、史上最大の思想家と呼ばれることもあり、「人生の教師」として四海に認められている偉大な人物。2011年はこの作家の没後100年でしたね。
         
 
F/トルストイ「エメリヤンと太鼓」の秘密
80歳のトルストイと、右は
晩年のトルストイの秘書役だった三女のアレクサンドラ


 トルストイの代表作「戦争と平和」や「復活」「アンナ・カレーニナ」をこども向けのおはなしCDに入れるのはもちろん無理。でも、それらで語られているトルストイの思想(の一部)を集約的にあらわしている作として、故・水野忠夫先生たちといっしょに頭をかかえ、一所懸命考えて選んだのが「エメリヤンと太鼓」(原題は「作男エメリヤンと空太鼓」)でした。

 「復活」を読んだ人なら、主人公のネフリュードフにトルストイのおもかげを重ねたことでしょう。あるいは「戦争と平和」のアンドレイ公爵にその人を見た人もいるかも知れません。「アンナ・カレーニナ」ではリョーヴィンがトルストイ自身を映しているのかな。永遠の生命の道を探るこの登場人物たちのこころの葛藤、魂の彷徨、知性のはるかな旅で行き着いた先で見つけたのは、現代生活のうすっぺらな虚偽であり、はかなさ・むなしさであり、そこを突き抜けたところで見えた「全人類との抱愛」「真理と実生活との調和」でした。

 「エメリヤンと太鼓」に戻して言うなら、つまらないことでいちいち怒るな、ということであり、悪に抗するに悪をもってするな、暴力に抗するに暴力をもってするな、という教え。
 きょうのこのときでさえ、世界のいろいろなところで戦争、紛争がおこなわれています。たとえば、シリア政府軍による市民の虐殺など、このところ毎日、テレビやラジオで繰り返し報じられていますね。気になってもわたしたちには何もできませんが、国連安保理でさえどうにもならず、たとえいくら世界じゅうから大量に調停のための軍が動員されようと、軍隊の武器による暴力をもって抑えつけようとしたら、互いの憎しみは増すばかりで、けっして解決しないであろうと思われます。それでなくてさえ、ここ2~3日、子殺し・親殺しと、人を無差別に殺傷する事件が西で東で、わたしたちのすぐ身辺で頻発しています。命がそこまで軽くなっていることに愕然とさせられます。
 こんなとき、トルストイ(ガンジーも)は言います。憎しみを去って、愛をもって向かい合い、相手を助け、奉仕せよ、と。暴力、強制、流血、争闘、階級制度……、そういうもののない新しい世界の創造の理想のため、1世紀も前から苦闘していた人、トルストイ。
        
F/トルストイ「エメリヤンと太鼓」の秘密
農場にたつトルストイ、77歳


 生むことのほんとうの苦しみをつうじてもうけた子どもにしてはじめて「わが子よ!」と呼べる。ひたいに汗してかち得たパンにしてはじめて「わがパンだ!」と喜んで受けとめることができる……。そうした思想に立って、名門の大富豪でもあった大作家は、水汲みもした、薪割りも靴づくりもした、泥まみれになって大工仕事も農耕の作業もし、何でもやりました。農奴の子どもたちのために学校をつくり、教育を施しました。下層の農民の生活のあいだでようやく探りあてた世界観が、愛と無抵抗と自己犠牲の思想であり、その観念と実生活を調和させるのがトルストイの生涯をかけた戦いでした。

 その晩年、伯爵とか名門の大地主という階級を捨てます。富を捨て、ヤースナヤ・パリャーナの広大な家を捨て、私有する一切を捨て、愛する家族さえ捨てて、家出します(このへんは、わたしにとってのもう一人の師、良寛さんの生きかたが思い出されます)。自分の生涯の最後の幾日かを、完全に自由に、孤独に、誰にも煩わされないで静かに生きたいとして出奔。1911年11月、ロシアの片田舎の、ある寒村の駅スターポヴォ(現在は「レフ・トルストイ駅」と改名されているとか)で高熱を発し、駅長官舎での1週間の病臥ののち、7日払暁、肺炎のために他界します。

 さて、すべてを捨てて孤りになって、「全人類との全き抱愛」の理想は、この大作家のなかで完結したのでしょうか。

 とんでもありません。それこそが、わたしたち、そう、わたしたちにつづく子どもたちに投げかけられた課題なんだと思います。むずかしいことですね、これ。だから、しっかり「エメリヤンと太鼓」のはなしをよく読み、考えていただきたいのです。
 ついでにいわせてもらうなら、読んでもらいたいなあ、これらの大作の一つでもいいから。プーシキンの娘のマリアを外見上のモデルにしたというアンナ・カレーニナ、ソフィア夫人の妹のタチヤーナ・クズミンスカヤがモデルとされる「復活」のカチューシャ、「戦争と平和」のナターシャ…。彼女たちの魅惑とその生きかたにもふれてもらいたい。【to: Sさん】


 子どもをヤワな、自己中心のひ弱な人間に育てあげようと思うなら、それはいとも簡単です。口に甘いものばかり、柔らかいものばかりを食べさせたらいい。欲しいとねだるものがあったら、すぐ与えるようにしたらいい。J.J.ルソーのことばですね、「子どもをスポイルするのは簡単だ、彼らが欲しがる玩具を全部買い与えるがよい」というのは。
 しかし、ちっとはこころの強い、自分で考え、自分で決める力のある人間、相手の気持ちのわかる人間に子どもを育てたいと思ったら、ときには骨の太い、カチッとして歯ごたえのあるものを与えるべきだろう……、というようなことは、子育て経験の豊富なひとなら、十分ご承知のこと。
 ときにはちょっとしたケガをすることもあろうかも知れませんが、その丈を越えた、少し高いものにとびつく挑戦をさせなければなりません。「エメリアンと太鼓」はそんな意図、そんな願いをふくんで編集制作されたものです。【to: Yさん】




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Posted by 〔がの〕さん at 10:22│Comments(2)名作鑑賞〔海外〕
この記事へのコメント
エメリアンと太鼓に関する記述を読ませていただきました。ラボ関係の方ですか?
Posted by ハロハロ at 2016年09月22日 12:01
ありがとうございます。“ハロハロ”さんは1980年代のころラボ・パーティに在籍なさっておいでだったとお察し申しあげますが。

小生、ラボ教育センターにあり、当初は広報室で「ラボの世界」や「ことばの宇宙」の編集にあずかり、その後、1980年代のほとんどをラボ・ライブラリーの制作に従事しておりました。谷川雁氏を軸とするラボ・ライブラリー制作(当時はまだラボ・テープと呼んでいましたが)を第一期とすれば、短い試行期の第二期のあとの第三期、混乱立て直し期を制作局長として任されておりました。CDに変換した時期でもありました。

健康上の都合で退職してすでに19年になりましたが、責任者として関わった主な作品をいま思い出してみると、「エメリアンと太鼓」を含むロシアの昔話とトルストイ、ギリシア神話と英雄伝説、「トム・ティット・トット」や「三人のおろかもの」ほかのイギリス昔話、絵本ものの名作「三びきのやぎのがらがらどん」「かいじゅうたちのいるところ」「てぶくろ」など、「大草原の小さな家」「なよたけのかぐやひめ」「ふしぎの国のアリス」、また「スーホの白い馬」「ヒマラヤの笛」などのアジアの物語、最後が「一寸法師」「安寿と厨子王」「鮫どんとキジムナー」などの日本列島を南北まで貫く物語など。
11年余にわたる全力投球でした。
Posted by 〔がの〕さん〔がの〕さん at 2016年09月24日 23:16
 
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