2025年01月23日

F/スタインベック「二十日ネズミと人間」

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F/スタインベック「二十日ネズミと人間」


  ◆失われた世代に失われたものは…
 低能ではあるが、ウソや誤魔化しを知らぬ純真無垢な怪力の大男レニー・スモール、この薄バカな男、それと、ともに農場を転々とわたり歩く幼馴染みの農業労働者ジョージ・ミルトンがいる。このふたりを介して、人間の夢を見せてくれる作品。夢には大きいものと小さいものの違いはない。その大男レニーに付き添い、度重なる失敗をジョージがかばい合いながら、下層の貧しいものたちのなかに育まれていくつつましい夢と、苦しい生活に耐えている日雇い農夫の奇妙な、しかし確かな友情が見られる。大男レニーは、なんと二十日ネズミのような小さい命や、女のひとの肌の柔らかいすべすべした感触を好む繊細さももっている。その好みのために心ならずも、小犬や女を殺害してしまうという悲劇が。時間するとわずか3時間のなかの出来事を通じてその世界は展開する。レニーの天衣無縫な無邪気さが救い。

 ◆夢はそのたび崩れても…
 土地に密着しつつ生きる人びとの生活が、写実と象徴的な手法を交えながら描き出される社会的リアリズム。そこにはユーモアがあり哀愁をたたえた滋味がある。農場から農場へ渡り歩く浮浪農民“オーキー”の、いずれは自分の土地を持ちたいとの夢、自由で独立した生活へ寄せる夢の果敢ないすがたに、アメリカ商業主義への強い怒りが込められているが、そうした主観を抑えて、あくまでも抑えの利いた冷静な筆致で表現されていく。夢はいつも崩壊してしまうが、醒めて無に帰しながらもなお夢を見ずにはいられない人間の悲ししいサガ。その無邪気な夢を嘲笑することなく、本気で受け入れる仲間同士がいる。
動物たちが数多く登場するのは、この作家のひとつの特徴。他の作品「赤い小馬」や「怒りの葡萄」「遁走」「蛇」などにも。身近な家畜類だけでなく、マウンテンライオンやハゲタカ、ガラガラへび、山猫なども。それらは単に自然の背景ではなく、人間と深く結びつき、大自然と混然一体になっている。

 ◆〔その時代と文学状況〕
 J.スタインベックは1902~68年を生きたアメリカの代表的な作家。「二十日ネズミと人間」Of Mice and Menは1937年に発表されている。1929年、ニューヨーク市場の大暴落があり大不況の時代はまだ続いている。1933年にその不況打開のためフランクリン・ル-ズベルト大統領によるニューディール政策がとられ、つづいて1939年9月には第二次世界大戦に突入する。先が見えず、人生の意義を疑い、時代に幻滅と喪失を感じ、社会と一般大衆には背を向け、創作によって自我を表現しようすることを目的にした「失われた世代」Lost Generationに。ここに登場したのがアメリカ文学の三人の巨星、フォークナーでありヘミングウェイであり、このスタインベックである。フォークナーの「響きと怒り」「野生の棕櫚」、ヘミングウェイの「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」はそのスタイルを“ハードホイルド”と呼ばれ、アメリカ文学の新しい風をもたらし、とりわけ広く迎えられた。そのほかにも、1930年代の社会的な混乱のなかで、アメリカ資本主義に対する痛烈な批判の書、大作の「USA」を書いたドス・パソスや、南部農民の無知と怠慢を描き、アメリカ社会の患部を衝く「タバコ・ロード」を著わしたコードウェル、「人間喜劇」のサロイヤンなども。スタインベックの「勝算なき戦い」(1936年)、リンゴ採取人のストライキに取材したこの作はつぎの「怒りのぶどう」へとつながって結実、これぞ1930年代アメリカ文学の最大傑作とされ、1962年にノーベル文学賞を受けている。


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Posted by 〔がの〕さん at 16:57│Comments(0)名作鑑賞〔海外〕
 
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