2016年06月07日
Af/ギリシア神話の変身物語
美しさの背面にある悲しいものがたり、
ローマの詩人による人間と自然の一体化

上の彫刻は、ギリシア神話の変身物語を典拠にした作品の代表的なもののひとつ。
アポロンの執拗な求愛を逃れて父親の川の神ペネイオスに助けを求めている少女ダフネですね。
詩神アポロンの求めを拒んで逃げに逃げ、いよいよ追い詰められると、
乙女の美しい身は手の先、足の先から月桂樹に変わったといわれます。
わたしはこの作品をじかに観ているわけではありませんが、
巌谷國士さん編の奇書「渋沢龍彦幻想美術館」の紹介によると、
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの作、ローマのボルゲーゼ美術館に所蔵されている作品とか。
古代ローマでは、戦闘やスポーツ競技に優勝したものには、
栄光のしるしとして月桂樹の冠が与えられていたことは、みなさんもよくご存知のとおり。
イギリスでは桂冠詩人という誉れ高い称号もありましたね。
それに、アポロンがいつも持っている竪琴Lyla は、たしか、月桂樹でつくられていたと思います。
ダフネに寄せる深い思いでしょうか。
☆
植物や花に変身するこうしたきれいな話、ふしぎな物語が
ギリシア神話にはたくさん見られますよね。
有名な話では、水のおもてに映る自分の姿にすっかり魅せられて恋をして、
恋に憔悴するあまり、スイセンになってしまった美青年ナルキッソスとか、
狩猟をしているとき、イノシシの牙にかかって死んだ美少年アドニスの話。
死体から噴き出した血がまっ赤なアネモネになったという物語でしたね。
もっともこれらは、「ギリシア神話」というよりは
「ギリシア・ローマ神話」というべきなんでしょうね。
ギリシア神話では、あの壷絵や彫刻などに見るように、
自然の植物や動物がていねいに描かれることは少なく、神々や人間のすがたがほとんどでした。
それが、ローマに移されると、大きく変わりますね。
オウィデウスの『変身物語』は、鳥や木や草花に変身して、永遠の生命を獲得し、
自然と一体化して生きる存在が主要なテーマとなっている神話に“変容”させたものです。
上に紹介した、月桂樹に変身した美少女ダフネや、スイセンになった青年ナルキッソス、
アネモネに変身した少年アドニス…、このほか、ヒヤシンスに変身した少年ヒュアキントスもいるし、
アドニスの母ミュラは没薬の木に、ピレモンとバウキスの老夫婦は二本の寄り添う木に、
ヘリオスの娘たちはポプラに、クリュティアはひまわりの花になっています。
こうした美しくも悲しい花物語だけでなく、
アルキュオネはカワセミになったし、アラクネは蜘蛛になり、
カリストとカルカスの母子は大熊座・小熊座に、
アクタイオンは鹿に変身、その鹿をかみ殺した猟犬は大犬座・小犬座になったとされます。
☆
オウィデウスは「ギリシア神話」からそういうモチーフを抜き出し、
自然と一体化して永遠の生命を生きるものたちを作品化しているんですね。
もともと灰褐色の岩がごつごつ折り重なる不毛の地であったアルカディアは、
ローマの詩人たちによって、緑したたる、陽光やさしい田園として表現され、
永遠の理想郷となってしまったから、ふしぎなことです。
文芸の力、美術の力って、すごいですね。
Posted by 〔がの〕さん at 12:22│Comments(0)
│美術(海外)