2015年04月14日

C/松谷みよ子〔3〕

松谷みよ子『屋根裏部屋の秘密』
     歴史の真実を知る勇気


 〔小夜からPwm さんへ〕 
日本が中国や韓国・北朝鮮ほかのアジア近隣諸国から歴史認識の違いということではげしい批判を浴びており、とりわけ中国各地でははげしい反日デモがおこりましたね。小夜にはその「歴史」とは何のことを指しているのか、それがよくわかりませんでしたので、日本人に足りない歴史認識とは何なのか、とおとうさんに訊いてみました。「そのためにはこれを」と読んでくださったおはなしがあります。ちょっとむずかしく、こわいのですが、できたらそのことを書いてくださいとお願いしてみます。それは、松谷みよ子さんの『屋根裏部屋の秘密』という本です。『ふたりのイーダ』でヒロシマの原爆のことを書いておいでの同じ作家がとらえた日本の「歴史」の暗渠。とてもこわいです。
「小夜にはいまはあまりよくわからないでも仕方ないですけれど、心にとどめておいていつかしっかり考えてみてください」とのことでした。おとうさんは、小夜がまだ小さいからといって、甘い、食べやすいものばかりは与えない、苦いものも硬いものも、ふつうのひとと同じように与えるのだ、何でも食べることが大事なのだ、といいます。

C/松谷みよ子〔3〕

   隠された歴史

小夜/ イーダちゃんのゆう子ちゃんは、もう「さよなら、あんころもち、またきなこ」なんて云いませんね。
がの/ 『ふたりのイーダ』ですね。幼稚園に行っているころのゆう子ちゃんは、おしゃまで、元気いっぱいで、勝ち気でしたが、ここでは中学生ですからね、気にいらないからといって「イーっ、だ!」なんて云いませんよ。
夜/ 小学生だった直樹くんは大学生。ゆう子ちゃんにはとってもやさしいお兄ちゃまでしたけれど、今回の『屋根裏部屋の秘密』では、以前にも増して思慮深い、たよりになるお兄ちゃまになっています。夜中、黒姫までおんぼろ車を走らせてすぐにとんできてくれましたね。
がの/ そうそう、おはなしのおもな舞台は、「花姫山」の山荘となっていますけれど、これは明らかに黒姫山のことです。「山桑」という地名が出てきたり、滝(ないの滝)や湖(野尻湖)のことも書かれています。黒姫山の南面といいますから、きっとラボランドくろひめに近いところかも知れませんよ。
小夜/ わー、黒姫ですね。去年の夏の終わりころ、おかあさんといっしょにファミリーキャンプに参加しました。高原の風を受けてのハイキング、野尻湖では遊覧船に乗りましたし、木の下でみんなでつくって食べたバーベキュー、どれもみんな楽しかったです。

C/松谷みよ子〔3〕


がの/ 『ふたりのイーダ』では、ヒロシマに落とされた原爆のことが背景になっていました。今回読んだ『屋根裏部屋の秘密』では、おとうさんの生まれる少し前にあった戦争のことを背景に作者は語っています。とっても、とってもおそろしいおはなしでしたね。
小夜/ こわかったですよ。こんなにこわい思いをしたのは初めてです。夜、床について目をつむるでしょ、すると悪魔のような顔が次つぎに浮かんできて小夜を脅かすので、ずうっとうなされているほどでした。
がの/ でも、「歴史」についてちゃんと知りたい、と云ったのは小夜ちゃん自身でしたからね。
小夜/ だって、歴史認識がちがう、と云って、中国のひと、韓国・北朝鮮のひと、ほかのアジアの国のひとたちが口をそろえて日本のことを怒っているじゃないですか。
がの/ 中国のいろいろなところで反日デモと日本製品の不買運動がおき、ひどい破壊行為がなされました。
小夜/ 日本のひととは歴史認識がちがうので仲よくできない、というのですけれど、小夜にはその「歴史」というのが何のことなのか、ぜんぜんわかりませんでしたので。
がの/ そうなのよね、日本の人びとにとっての戦争の歴史とは、ヒロシマとナガサキの原子爆弾のことか、沖縄戦のこと、東京大空襲のこと、あるいは特攻隊のことなど、ある程度限られていて、もっともっとあったはずの、戦争が刻んだむごい事実、個々の不幸な事実については封印されてきたというに近いですから。
小夜/ 小夜たちは、いまこうして、ゆたかなモノに囲まれた、平和な時代に生きていますが、まだそんなに昔でないとき、そう、まだ60年、70年しかたっていないとき、世界に何があったのか、わたしたちの先祖たちが戦争のなかでどんなことをしてきたのか、このご本でその一端を見ることになりました。
がの/ そうです、ナチズムによってユダヤの民を大量殺戮したアウシュビッツのことはよく世界に知られていますけれど、この日本にも同じような殺人工場があったのです、日本のアウシュビッツが厳然としてあったのです。この作品は、平和の時代をのうのうと享受しているわたしたちに、その傷口を見せてくれているのです。
小夜/ 赤沼英一という老人が病気で亡くなります。エリコさんのじじちゃまです。エリコさんにとっては、とってもやさしい、すてきな、理想的な方でした。このエリコさんが、ゆう子ちゃんと直樹くんのはとこにあたる子で、ゆう子ちゃんと同じ中学生でした。仲のよい同士でした。
がの/ エリコさんは、おとうさんもおかあさんもなく、生まれたときから体質が弱く、いつもゼンソクに悩まされていました。
小夜/ 病気がちの孫むすめのために、お金持ちのじじちゃまは黒姫山のふもとに瀟洒な別荘を建ててやり、エリコさんは夏に冬にその山荘にやって来て健康を養っていました。
がの/ で、そのすてきなじじちゃまですが、ある大きな製薬会社の重役をずうっとつとめてきた人でした。血液製剤を開発した功績によって名をあげ、会社に莫大な富をもたらし、自身も途方もない財をなした人でした。
小夜/ そのじじちゃまが亡くなるとき、孫のエリコさんにナゾのようなことばを残します。山荘の屋根裏部屋においてあるダンボール箱ひとつの書類について、その処分をまかす、というのです。鍵がかかったまま、だれも開けたことのない屋根裏部屋。エリコさんはゆう子ちゃんやみすずさんに手つだってもらいながらやっとその屋根裏部屋を開け、ダンボール箱をみつけますが、それがとつぜん、魔法のように消えてしまいます。
がの/ その不可解な喪失事件を解明すべく、ゆう子ちゃんが活躍、お兄ちゃまの直樹くんを呼びつけていっしょにナゾを追求していくのでしたね。直樹くんの推理は冴えています。

C/松谷みよ子〔3〕

  アジアの民を結ぶもの

小夜/ こわい、こわい秘密のベールがこの兄妹によって一枚ずつ剥ぎとられていきます。小夜はほんとうにドキドキしました。シャオ・リュウというナゾの少女が亡霊のように出てきますし。
がの/ わたしたちのおじいちゃん、ひいおじいちゃんたちの世代の人たちが、先ごろの戦争のなかで何をしてきたか、その醜い断面が赤裸々にあばかれていくおはなしの流れは、まるで推理小説のようでしたね。
小夜/ それは、信じていいことなのかどうか、小夜は混乱して、ほとんど宙空に浮いたような気分でした。
がの/ 旧満州のハルピン、そのピンファンというところに七三一部隊がおかれていました。これが細菌戦のための秘密研究所だったのですね。中国人や白系ロシア人の捕虜たちがここでむごたらしい人体実験に供されたというのです。
小夜/ ひどいですよ、捕虜になったその人たちは、名もない「丸太」と呼ばれ、何人、何名と数えられることもなく、「何本」といって数えられたというのですから、もう…。戦争とはもともとそういう非人間的なものなのでしょうが。
がの/ その「丸太」を生きたまま解剖する、細菌感染の被験体として使う、高圧電流にかけてその反応を観察する、洗濯機の脱水槽のような機械、大きな遠心分離機に生きながらかけて、ガラガラと高速回転させ血を集めて、その血を抜いて採取し調べる、というようなことも。ね、悪魔も鬼も思いつかないような残虐なことを日本の兵隊さんがやっていたことを記録した書類だったのね、それは。
小夜/ どれほどの高熱に人間は耐えられるものかの熱湯実験、どこまでの空腹と飢渇に人間は耐えられるものかの飢餓実験、どれほどの低温まで人間は耐えられるのかの凍傷実験なども、くり返し、くり返しおこなわれていたようですね。“女丸太”には、ことばでいえないような辱めも。
がの/ その部隊の軍医として中心になって生体解剖実験をおこなってきた人物こそ、赤沼のじじちゃまだったことがわかります。復員してきて、戦場でやってきた非道なことにはきれいに口をぬぐい、その実験で得たさまざまなデータをもとにして、人間の生命保持に欠かすことのできない血液製剤をつくり、人類を救う貴重な発明者として名をなし出世をとげ、豪邸に住んで何不自由のないゆたかな生涯をおくり、その暗部だけを後世のものに押し付けて、さっさとあの世へ逝ってしまった老人。                                                                                                                       小夜/ 秘密を守ろうとして、会社はその書類がほかのだれかの目にふれないうちに処分してしまおうとします。ずるいわ。それは直樹お兄さんの機転によってできませんでしたけれど、さて、次の世代は、押し付けられたその重い責任をどう負っていけばよいのでしょうか。
がの/ そこですね、アジアの人びととほんとうに仲よくやっていけるかどうかのカギは。日本人があまり触れたくない歴史的事実ですが、それはそれで終わったわけではなく、七三一部隊が残した細菌をめぐる生体実験のデータは、たとえばヴェトナム戦争のときにアメリカ軍が利用して、枯れ葉剤というおそろしい毒薬をつくりました。それによってヴェトナムに多くの奇形児が生まれたのは、世界が知る事実です。小夜ちゃんには、こうしたことはいまはむずかしくてよくわからないかも知れません。でも、これから小夜ちゃんたちがしっかり考えてくれなければならない問題です。

C/松谷みよ子〔3〕

    まず、正確に知ることから

小夜/ うーん、それはたいへんな宿題ですよ。
がの/ そうですよ。そしていま『屋根裏部屋の秘密』を通じて小夜ちゃんが知ったのは、戦争のなかの、あるひとつの事実でしかありません。わたしたちはきちんと知らなければならないことをもっともっと抱えています。そして、逆に、捕虜になった多くの日本人も同様な死をとげているという歴史も忘れることはできません。
小夜/ はい、東京駅の画廊で開かれた展覧会で見た香月泰男さんの絵で、寒さと強制労働のなかシベリアで亡くなった人たちの亡霊を見ました。シラカバの木を焼いた燃えさしで描いたという暗い絵は、ショックでした。全身がゾッと震えました。
がの/ 加害者であると同時に被害者でもあり、そこでは「何人」ではなく「何本」と数えられる存在として戦場に立った兵士たち。戦争には勝ちと負けがあるだけで、破壊に破壊を重ねて勝ち負けを争うもの。そこには人道的なルールなんてありません。日本は先の戦争を戦って負けました。負けて数えきれない悲劇を生みました。そのことからわたしたちはたくさんのことを学び、ぜったいにそんなつまらないことをくり返さない知恵を持たなければなりませんね。
小夜/ ほかの人から受けたこころの傷や侮辱は50年や60年で消えるものではないと聞きます。
がの/ そうそう。ですから、日本軍が外国で犯してきた非道なおこないについても、まずは、残さず知り反省する必要があります。いちばん人間が賢くなれるのは、そうした間違いを正確に認識することからですし、おとなりの国と本当に仲よしになるためにも、その認識を共有できるかどうかがポイントです。隠されていることをそのまま眠らせ、知らないままにしておいてはいけないと思います。自分の国の恥ずかしいマイナス面を知ろうとする人は、事実、そんなにはいないでしょう。残念ながら、それはだれにも、あまり愉快なことではありませんのでね。
小夜/ 愉快でないからといって目をふさぎ、うわべだけの空っぽの交流をいくらくり返しても、ほんとうに近づいたことにはならないのですね。さあ、どこから踏み出しましょうか…。



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Posted by 〔がの〕さん at 11:56│Comments(0)児童文学
 
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