2022年10月11日

F/ショーロホフ『人間の運命』

ショーロホフ『人間の運命』

F/ショーロホフ『人間の運命』


 ドン・コサックの愛と不屈の魂 

 大長編叙事詩『静かなるドン』や『開かれた処女地』で、ロシアの人びとが味わった革命の痛みと、そこにじっと耐えつつ生きていく純朴な人間たちの真実、人間愛を描きつづけた作家ミハイル・ショーロホフ(1905~1984)。南ロシアのウクライナ、ドン川河畔のコサック村に生まれ、中学校時代にロシア革命を経験、赤衛軍に参加した。「ほくろ」で18歳のとき文壇デビュー、1965年にはノーベル文学賞を受けている。人間の尊さを追及、トルストイにつながるロシア文学の伝統を継承する20世紀ロシアの代表的な作家のひとり。
             ☆
 『人間の運命』には5編の作品が所収されている。それぞれ、ドン・コサックの生活がそのまま、淡々と、しかし愛情深く描かれている。とどめようもなく流れる大河にも似て、どうにもならない運命、苦悩に満ちた運命を生きる貧しい人たち。しかしまた、鉄のように強く、雄々しく、また苦悩を噛み殺して楽しげに、けなげに……。それは哀しいまでに美しく、印象あざやかな光につつまれて光り、読むものの胸に突き刺さる。
             ☆
 表題作の  『人間の運命』は、川の渡し場で「私」が出会った男の、不幸で波瀾に満ちた半生。元兵士で、戦争で何もかも奪われ、愛する女との愛も無残に引き裂かれ、過酷で絶望的な運命の鎖と錘に縛られたなか、どうにもならない波に弄ばれながらも、男がどう生き、希望の光をつかんだかを語る、哀切にして美しい物語。作者の人間に対する信頼と、その人間に寄せる期待の思いの深さが感じさせられる好短編である。この作家固有の親しみやすい文体も魅力。

F/ショーロホフ『人間の運命』
ドン川


 さらに5編のうちの『夫の二人いる女』も、印象深い珠玉のような好編である。こもに、ドン川とともに生きる人びとの質朴な暮らしと、その雄大な自然のすがたが叙事詩のように表現されている。ここでは、第一次世界大戦、ロシア革命、そして国内戦がおこり、住民のあいだに対立が生まれる。人びとは不条理な勢力図の動きのなかに拒みようもなく巻き込まれ、揉みくしゃにされていく。その人間模様とそれぞれの人間の粘り強い生き方を描いた作品だが、そのなかに、ドン川とともに生きる人間固有の生活信条、生活様式が、この地の歴史と風土的環境と見事なまでに深く結びついていることを見ることができる。 
 これがコサック民族主義というものなのだろうか。内戦時の赤衛軍・白衛軍の血みどろの戦いに翻弄され、激しい愛と憎しみのなかに生きねばならない、コサックたちの悲劇的な運命が、随所でリアリスティックに、力強い筆致で書かれている作品である。戦争、内戦で傷つき痛みつけられた人びとの悲惨と不条理が、胸に痛い。
             ☆
  他の『子持ちの男』にあっては、父と子が敵と味方に分かれて戦わねばならなかった。たくさんの子どもを持つ父親は、残る子たちのために実の子を殺さねばならないというめぐり合わせ。そのために、娘には生涯ずう~っと、「人殺し」と疎まれて生きねばならないという宿業を負って生きる男の孤影。
 もうひとつの短篇『他人の血』。戦争で息子を奪われた老夫婦の、子を思う気持ちの強さを、哀しいまでの思いの深さで書いている。ケガをして瀕死の状態にある兵士を、わが息子の身代わりにして慈しむ、その愚直なまでのやさしい人間性が、読むものを泣かせる。とはいえ、他人はやはり他人という冷厳な現実もそこにはあって……。
(「るり色のステップ」については略)

F/ショーロホフ『人間の運命』
ドン川のもっとも大きな支流のドネツ川



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Posted by 〔がの〕さん at 19:14│Comments(0)名作鑑賞〔海外〕
 
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