2020年01月15日
C/カニのふしぎ③
生きもの なかよし〔4/少年かがく〕
カニのふしぎ③
3. カニの産卵

香織/ 日本の昔ばなし『かにむかし』では、悪いサルが投げつけた柿の実で、カニは甲羅をつぶされます。そして、つぶされた親ガニの甲羅の下から子ガニがはいだしてきて、石のあいだにもぐりこむ、とあります。ね、博士、それ、へんじゃありませんか。カニは卵からうまれてくるはずでしょ。
博士/ あらぁ、すごいことに気づきましたね。きみたちがよく知っているイソガニにしてもアカテガニにしても、親ガニは腹にいっぱい卵をだいて、時期がくると海のなかにそれをはなつのがふつうです。卵がふ化して「ゾエア」とよぶ子どもにかえり、脱皮をくりかえして大きくなり、「メガロパ」という子どもになります。このメガロパの時代は、海のなかを自由に泳いでくらしています。そしてやがて磯にもどって脱皮し、子ガニになります。つまり、香織ちゃんがいうように、親ガニは折りたたんだ腹部のなかに卵を産みつけ、卵のなかの幼生が十分に育つまでは、そこにしっかりだきしめて守っています。
慎二/ では、あのおはなしのカニの描かれかたは正しくない、ということでしょうか。
博士/ いやいや、『かにむかし』に登場するカニは、思うところ、サワガニだとおもいますね。
慎二/ サワガニ! サワガニなら、山の清流の、小石のあいだで見たことがあります。
博士/ このカニは日本で唯一の、一生を淡水ですごすカニです。めずらしいことに、このメスガニは腹に卵をかかえながら育てる一方、ふ化して子ガニになってからも、しばらくはそこで保護しています。ですから、親ガニの腹から子ガニがはいだしてくることがあってもふしぎではありません。カンガルーの赤ちゃんみたいだね。ほかにも、河口やアシ原、あるいはもうすこし海よりの泥地などでも見ることができるアシワラガニのなかまも、ほんとは純淡水で生きていけるのですが、卵からかえってしばらくの幼生期は、どうしても海のなかでないと生きていけないのね。
香織/ 親ガニは一度にどれくらいのかずの卵をうむのですか。
博士/ どれくらいだと思いますか。
香織/ 50とか60。
慎二/ 100とか200個。


博士/ いやいや、アカテガニの場合ですと、2~3万粒といわれます。ほんとは数えきれないほど。大きさはそれぞれ0.5ミリくらいか、それ以下。7月から9月にかけて産卵します。それはそれはもう壮観で、ぜひきみたちにも見てほしいなあ。感動的ですよ。メスは卵が成熟すると、大潮の夜の海岸に出てゆき、満ち潮が引きはじめるタイミングで、岩につかまって海水のなかに身をしずめ、からだをブルブルふるわせるようにして、卵をだいた腹をはげしく開けたり閉めたりしてゆすります。このときに卵からかえった幼生たちがつぎつぎに海にはなたれていくのです。はなたれたこの幼生たちが潮にのって沖のほうまでむかうため、満潮から潮がひきはじめる1時間ほどのうちに、この放卵を終えなければなりません。満月と新月の夜だけに見られるこの放卵のドラマは、ほんと、見ものですよ。
香織/ はあ〜、おどろいた。1ぴきのカニが2~3万、それ以上もの子ガニを。
博士/ そう。でも、それは1回きりではないのよ。ひと夏に2~3回ずつ放卵をくりかえします。
香織/ あら、そしたら海はカニだらけになっちゃう。
博士/ いいえ、そうはならないのよ。河口ちかくの水域にはさまざまな小魚がいて、まだかまだかとその放卵をまって、むらがっているんです。カニの幼生のほとんどは、そのときその日のうちにこの小魚たちのおいしいごちそうになってしまうのよね。
香織/ あらあ、かわいそう。それでも、そのとき運よくたべられずに生きのこり、おとなのカニになるには、そのあとどれくらいかかるのですか。
博士/ 小さい稚ガニは水辺でくらしながら、年に12~15回も脱皮をくりかえし、すこしずつ大きくなっていきます。1年たつと甲幅2センチほどのアカガニになり、メスはもう産卵もできます。ですけど、ハサミにはまだあのあざやかな赤い色は見られません。きれいな赤いハサミが見られるのは2年半、3年くらいしてから。その間にも、年に4~5回ずつ脱皮をくりかえしながら成長をつづけていきます。どうです、カニが生きていくのも、なかなかたいへんでしょう。
慎二/ たいへん、たいへん。ちょっとまえ、「人面魚」が話題になりました。図鑑のカニを見ていると、甲羅がひとの顔そっくりに見えてきて、へんな気もちになることがあります。ヘイケガニの甲羅は壇ノ浦にほろびた平家の武者の亡霊がのりうつったものといわれますね。


博士/ それ、慎二くんは信じますか。まさかそんなことはないでしょうけれど、そんなふうにロマンチックに考えるむかしのひとの想像力は、すばらしいですね。そうですね、あれは、目がつりあがり、ゾッとするほどこわい表情をしたひとの顔にも見えます。この人面模様ということでは、もっとほかのいろいろなカニがあげられますよ。キメンガニなどは、文字どおり「鬼面」、仁王さまがもうれつに怒ったような顔ですし、シマイシガニのほうは逆に、京劇で見る孫悟空の化粧のように見えてユーモラスです。甲羅に黒と茶色のしまもよう、目のところの模様もはっきりしていますしね、そんなふうにカニを見るのもたのしいね。(つづく)
カニのふしぎ③
3. カニの産卵

香織/ 日本の昔ばなし『かにむかし』では、悪いサルが投げつけた柿の実で、カニは甲羅をつぶされます。そして、つぶされた親ガニの甲羅の下から子ガニがはいだしてきて、石のあいだにもぐりこむ、とあります。ね、博士、それ、へんじゃありませんか。カニは卵からうまれてくるはずでしょ。
博士/ あらぁ、すごいことに気づきましたね。きみたちがよく知っているイソガニにしてもアカテガニにしても、親ガニは腹にいっぱい卵をだいて、時期がくると海のなかにそれをはなつのがふつうです。卵がふ化して「ゾエア」とよぶ子どもにかえり、脱皮をくりかえして大きくなり、「メガロパ」という子どもになります。このメガロパの時代は、海のなかを自由に泳いでくらしています。そしてやがて磯にもどって脱皮し、子ガニになります。つまり、香織ちゃんがいうように、親ガニは折りたたんだ腹部のなかに卵を産みつけ、卵のなかの幼生が十分に育つまでは、そこにしっかりだきしめて守っています。
慎二/ では、あのおはなしのカニの描かれかたは正しくない、ということでしょうか。
博士/ いやいや、『かにむかし』に登場するカニは、思うところ、サワガニだとおもいますね。
慎二/ サワガニ! サワガニなら、山の清流の、小石のあいだで見たことがあります。
博士/ このカニは日本で唯一の、一生を淡水ですごすカニです。めずらしいことに、このメスガニは腹に卵をかかえながら育てる一方、ふ化して子ガニになってからも、しばらくはそこで保護しています。ですから、親ガニの腹から子ガニがはいだしてくることがあってもふしぎではありません。カンガルーの赤ちゃんみたいだね。ほかにも、河口やアシ原、あるいはもうすこし海よりの泥地などでも見ることができるアシワラガニのなかまも、ほんとは純淡水で生きていけるのですが、卵からかえってしばらくの幼生期は、どうしても海のなかでないと生きていけないのね。
香織/ 親ガニは一度にどれくらいのかずの卵をうむのですか。
博士/ どれくらいだと思いますか。
香織/ 50とか60。
慎二/ 100とか200個。


博士/ いやいや、アカテガニの場合ですと、2~3万粒といわれます。ほんとは数えきれないほど。大きさはそれぞれ0.5ミリくらいか、それ以下。7月から9月にかけて産卵します。それはそれはもう壮観で、ぜひきみたちにも見てほしいなあ。感動的ですよ。メスは卵が成熟すると、大潮の夜の海岸に出てゆき、満ち潮が引きはじめるタイミングで、岩につかまって海水のなかに身をしずめ、からだをブルブルふるわせるようにして、卵をだいた腹をはげしく開けたり閉めたりしてゆすります。このときに卵からかえった幼生たちがつぎつぎに海にはなたれていくのです。はなたれたこの幼生たちが潮にのって沖のほうまでむかうため、満潮から潮がひきはじめる1時間ほどのうちに、この放卵を終えなければなりません。満月と新月の夜だけに見られるこの放卵のドラマは、ほんと、見ものですよ。
香織/ はあ〜、おどろいた。1ぴきのカニが2~3万、それ以上もの子ガニを。
博士/ そう。でも、それは1回きりではないのよ。ひと夏に2~3回ずつ放卵をくりかえします。
香織/ あら、そしたら海はカニだらけになっちゃう。
博士/ いいえ、そうはならないのよ。河口ちかくの水域にはさまざまな小魚がいて、まだかまだかとその放卵をまって、むらがっているんです。カニの幼生のほとんどは、そのときその日のうちにこの小魚たちのおいしいごちそうになってしまうのよね。
香織/ あらあ、かわいそう。それでも、そのとき運よくたべられずに生きのこり、おとなのカニになるには、そのあとどれくらいかかるのですか。
博士/ 小さい稚ガニは水辺でくらしながら、年に12~15回も脱皮をくりかえし、すこしずつ大きくなっていきます。1年たつと甲幅2センチほどのアカガニになり、メスはもう産卵もできます。ですけど、ハサミにはまだあのあざやかな赤い色は見られません。きれいな赤いハサミが見られるのは2年半、3年くらいしてから。その間にも、年に4~5回ずつ脱皮をくりかえしながら成長をつづけていきます。どうです、カニが生きていくのも、なかなかたいへんでしょう。
慎二/ たいへん、たいへん。ちょっとまえ、「人面魚」が話題になりました。図鑑のカニを見ていると、甲羅がひとの顔そっくりに見えてきて、へんな気もちになることがあります。ヘイケガニの甲羅は壇ノ浦にほろびた平家の武者の亡霊がのりうつったものといわれますね。


博士/ それ、慎二くんは信じますか。まさかそんなことはないでしょうけれど、そんなふうにロマンチックに考えるむかしのひとの想像力は、すばらしいですね。そうですね、あれは、目がつりあがり、ゾッとするほどこわい表情をしたひとの顔にも見えます。この人面模様ということでは、もっとほかのいろいろなカニがあげられますよ。キメンガニなどは、文字どおり「鬼面」、仁王さまがもうれつに怒ったような顔ですし、シマイシガニのほうは逆に、京劇で見る孫悟空の化粧のように見えてユーモラスです。甲羅に黒と茶色のしまもよう、目のところの模様もはっきりしていますしね、そんなふうにカニを見るのもたのしいね。(つづく)
Posted by 〔がの〕さん at 01:08│Comments(0)
│児童文学