2010年10月26日

P/萩原朔太郎と宮澤賢治

   春と修羅

  心象のはひいろはがねから
  あけびのつるはくもにからまり
  のばらのやぶや腐植の湿地
  いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
  (正午の管楽よりもしげく
    琥珀のかけらがそそぐとき)
  いかりのにがさまた青さ
  四月の気層のひかりの底を
  唾(つばき)し はぎしりゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ 
(以下略)

宮澤賢治らしい気韻に満ちた詩ですね。
スッとした美感の漂いたつ「詩の匂い」がするじゃありませんか。
で、ハッと気づいたのですが、これ、
現代詩の聖典とされる萩原朔太郎の「月に吠える」の詩想と
やけに似ている、ふしぎと似ているのでは、と。
魂の奥底の暗闇で行き着くところなくさまようこころ。
「似ている」という詩の読み方は、いかにも邪道で、
詩人にははなはだ失礼なのですが、
ここは六塵の世に生きる凡愚にして卑俗な身としてお赦し願い、
不明を恥じつつ、このふたりの詩人の類似性を、
その心の旅路に沿って拾ってみたい。

ふたりの出自と家庭環境が、まず、似ていますね。
父親との確執はついに最後まで溶け合うことはありませんでした。
朔太郎の父・密造は高名な開業医であり、地方の名士でしたし、
賢治の父・政治郎は質店を経営、地主であり町会議員でもありました。
ともに長男、家を継ぐことない、不肖の息子だったわけですね。
そんな家庭にあって、白眼視される兄を理解する妹がいました。
朔太郎にはユキ。4人の妹のうちの二番目の妹。
上州三大美女の一人という伝説的な美貌の妹。〔写真参照〕
「幼き妹」という、あまり知られない、朔太郎には珍しい詩があります。

P/萩原朔太郎と宮澤賢治


  いもうとよ
  そのいぢらしい顔をあげ
  みよ兄は手に水桃(すいみつ)をささげもち
  いっさんにきみがかたへにしたひよる
  この東京の日ぐれどき
  兄の恋魚は青らみゆきて
  日ごとにいたみしたたり
  いきもたえだえ
  あい子よ
  ふたり哀しき日のしたに
  ひとしれず草木の種を研ぐとても
  さびしきはげに我らの素脚ならずや
  ああいとけなきおんみよ


賢治にはトシ。「永訣の朝」や「無声慟哭」や「松の針」などの
哀切な絶唱を生んだ、夭逝した二つちがいの妹。

  けふのうちに
  とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
  みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
    (あめゆじゆとてちてけんじや)
  うすあかくいつそう陰惨な雲から
  みぞれはびちよびちよふつてくる
    (あめゆじゆとてちてけんじや)
         
              以下略 <永訣の朝

   (前略)
  わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき
  おまへはじぶんにさだめられたみちを
  ひとりさびしく往かうとするか
  信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが
  あかるくつめたい精進のみちからかなしくつかれてゐて
  毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき
  おまへはひとりどこへ行こうとするのだ
 
              以下略 <無声慟哭

「きしやは銀河系の玲瑯レンズ」と表現された
暗闇を行く客車の窓からの風光を描いた「青森挽歌」という詩などは、
銀河鉄道の夜」の原型ともいえる詩で、
いまは亡き「せはしいみちづれ」の妹の幻像を希求する
賢治の切ない思いに満ちみちていますね。

ニーチェ、ショーペンハウエルに傾倒した朔太郎、
法華経(国柱会)を信奉した賢治。
ともに西欧文明、近代文化への憧れをもつモダニストで、
クリスチャンとの交流もあり、強い東京志向ももっていました。
ですが、盲目的というに近い西洋崇拝の一方、
純粋な日本への回帰も合わせもつところも共通。
マンドリンやギターを弾いた朔太郎、
チェロを弾いた賢治。
愛好家に教えたり、演奏グループをつくったりするほどの準本格奏者。
当時としてはきわめて珍しい写真機や幻灯機を弄んでいたり、
西洋近代芸術と思想にも深く通じていました。
作品の類似性はいちいち挙げるまでもないですが、
ともに、外国渡りの物真似ではない醇乎たるひびきをもった作品で、
読むものに清雅高遊の気分をたのしませてくれる詩。
だれもが気づくのは、独特の擬声音の使い方。
色彩感にあふれていること。屈折した郷愁の思い。
神秘感覚と幻想で紡ぎ出された作品世界。
そのこころの底にあったのは、
朔太郎の場合、以前にも書きましたが、
エレナ(馬場ナカ)という女性に描きつづけた夢想ですね。
初恋の(片思いの)女性、夭逝した人妻に寄せる死姦的な慕情が生む幻想。
賢治の場合は、トシへ寄せる数々の詩のほか、「銀河鉄道の夜」。
未完のままでおわっている作品ですが、
この宇宙の旅こそは、妹トシを求める果てしない旅でした。
1886年に生まれ、57歳で歿した朔太郎。それから10年遅れて
1896年に生まれ、37歳で他界した賢治。
「月に吠える」の出版が1917(大正6)年、朔太郎32歳のとき、
「春と修羅」の出版は1924(大正13)年、賢治28歳のときでした。
ほぼ同じ時代を生きたわけですが、ふたりの詩人が直接どこかで
顔を合わせた、ということはないようです。

さて、わたしごときが勝手にふたりを「似ている」と決めつけても
説得力はないわけですが、…ありました、ありました、
それを傍証してくれる資料が見つかりました。
賢治がこころをゆるす友だちのひとりに阿部孝という人がいました。
盛岡中学時代の優秀な同級生で、この人が東京帝国大に在学中、
何度か賢治はその下宿先を訪ねているという記録。
阿部の書棚から朔太郎の「月に吠える」を見つけた賢治、
「ふしぎな詩だなあ」と言ったといいます。それから1年ほどして
賢治は詩の原稿を持っていって阿部に見せています。
「ばかに朔太郎ばりじゃないか」と阿部が感想を言うと、
「図星をさされた」と、賢治は悲痛な声をあげた、というんですね。
賢治が詩を書くとき、どこかで朔太郎の詩を意識していたことは
ほぼ間違いないと思います。

ただ、そのことが賢治の詩を貶めるものでは決してないことを
はっきりと断っておかねばなりません。賢治も朔太郎も
わたしのもっとも敬愛する詩人です。




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Posted by 〔がの〕さん at 17:37│Comments(4)詩、短歌
この記事へのコメント
がのさん

早速取り上げていただき有難う護持ます。

私の能力ではとても理解が困難ですが解説付きで詩集

の楽しさや味わい深さを教えていただき、また、がのさん

のコメントが面白い。文学の楽しさがほんの少し味わえ

たかな。時間がたっぷりあったときじっくり読みたいと思

います。さすががのさん。有難うございます。<ペコリ>
Posted by 2人3脚2人3脚 at 2010年10月27日 20:49
今日は時間が取れましたので、久々に母に会いに八王子に行ってきました。中央道の紅葉を楽しみに車を走らせたのですが、鳴沢付近のみ紅葉していただけで、少々がっかり・・・。母は元気でした。昨年85歳で胃がんの手術をしたのですが、成功し、今では私よりよく食べます。お嫁さんに謝感謝です。その後16号線にのり、横須賀に嫁いだ娘のところに来ています。パソコン借りてブログをアップしたところです。いつもブログを見ていただき恐縮です。ちょっといき抜きも必要かと・・・・。
Posted by 2人3脚2人3脚 at 2010年11月05日 18:00
秋たけなわ。
八王子へ、横須賀へ、よい息抜きができたことでしょうか。
施設の運営のほか、週3回はコールセンターでの相談にあずかっておられるご様子。
そのほか、さまざまなところからの呼び出しもあって
丁寧に対応なさっておられるご様子。
そうですね、時には息抜きのご褒美があってもいいはずですね。
そう申すわたしこそ、少々介護疲れのバテバテ。
こちらでは、11月6日、町のメインストリート400メートルほどに
わたってケヤキの老樹の並木になっています。
その下で合同自治会主催のケヤキ祭りがおこなわれ、たいへんな賑わいでした。
それに続いて、わたしどものボランティア・グループ“はっぴ~くらぶ”の例会。
例会の都度、自主研修活動の一環として、各方面の方に来ていただいて講話を
聞いています。今回は、訪問看護ステーションの所長さんに来てもらい、
「すこやかな在宅生活と訪問看護」という話を聞かせてもらいました。
ひとことで言ってしまえば、孤立しないこと、外に出ること、歩くこと…。
それに、2人3脚さんのブログで読ませてもらってきた(あまり意識的でなく)
口腔ケアの大事さですね。
この講話の要旨をわたしどものブログで紹介させてもらいました。
石田さまに読んでもらうまでもないことですが、お時間ができましたら、
  http://happy.ap.teacup.com/onagus/
を覗いてみてくださいませ。これにかぎらず、活動の端々を紹介しております。
コメントなりでサジェスチョンや提案などいただけましたら幸甚です。
Posted by はっぴ~くらぶ〔がの〕 at 2010年11月09日 10:56
こんばんわ

毎月定例会で勉強されており、そこに多くの仲間が集う場があり、すばらしいことです。自分一人ではない。助けあえる仲間がそこのいる。ボランティア活動の真髄ですね。常日頃から、ボランティア活動に入る前にボランティアしたいことを学んでから、入ってほしいと思っていました。ただの善意だけで、取り組んではいけないと思っています。
今、がのさんたちが活動されている、はっぴーくらぶは、目標を掲げ、目的を達成するため努力をされています。これからの自分の人生のために活動されている。こういう仲間がいると絶対外へ出かけたくなりますね。訪問看護ステーション・所長の田中ひろみ様が講演されたことを実践しているような活動をされていると思います。神様から頂いた命、精一杯自分自身のために、地域のためにお尽力くださいませ。私も少しでもがのさんたちの活動
の真似ごとができればいいかなーと思います、が、だめかなー・・・。はっぴーくらぶ、お気に入りに入れました。^^
Posted by 2人3脚2人3脚 at 2010年11月09日 22:33
 
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