F/ドーデー 「風車小屋だより」

〔がの〕さん

2014年11月11日 10:13

ドーデー 「風車小屋だより」
皮肉とユーモアの花束 温情と風刺の花籠

語り口に気品と哀愁がある。たくさんの絵具の色を使って描いた淡彩画のような小品。
いずれも、笑いあり涙あり、民俗色ゆたかな、ちょっぴり哀感のある小品。
どれも、詩人ドーデーのやさしくて、あたたかくて、涙もろくて、笑い好きの心がこもり、道徳的な美しさもあり、胸にほんのり灯をともしてくれるもの。
精一ばい、可憐に、愛情たっぷりに生きているプロヴァンスの人たちの心情がうずいている。
碧い空と碧い海と、白い山とみどりの野のプロヴァンスに、けなげに生きる人びとの息吹きがさわやかにかよう名品たち。
同時にまた、この機会に、日本でもっとも広く読まれている「最後の授業」(短編小説「月曜通信」の中の一篇)をめぐり、母国のことばを守るひと、愛国心ということについても考えあいましょう。



「水車小屋だより」小品4作 作品鑑賞
* 自然豊かな、南フランス、プロヴァンス地方の話。風車小屋とその周辺を舞台とする、のどかで牧歌的なエッセイや小説で編まれている。
* ドーデーは、アルルの町から8キロほど離れたフォンヴィエィユ村の知人の家を時どき訪ね、南仏独特の美しい風物に接して心を和ませた。ゆたかな自然に浴し、あふれる詩情とインスピレーションのままに書き上げられたのが短編集『風車小屋だより』。
* 風車のまわりの牧歌的な風景、フクロウやウサギなどの先住者たち、アルピーユの美しい峰、遠くで農民たちが奏でるプロヴァンス特有のフィフル(木笛〕のひびき…などが描き出される。
* 生来の詩人であったドーデーは、深い観察力と鋭い感受性で美しい自然を詩情豊かに描くとともに、そこに純情素朴な人びとの人情も加えてロマンチックな趣きを添えている。

★ スガンさんのやぎ
自由にあこがれて山中に逃げ出した子ヤギ。旺盛な冒険心があだとなって、結局は、オオカミに食べられてしまう。
岸田衿子の訳でよく知られる絵本で親しまれている作品。ドーデーは、「そうです、やぎは山へいきたかったのです。だから、おおかみに食べられました。おおかみは、やぎを食べるのが、あたりまえなんですよ」と教えている。ふつうには、あぶないところでやぎが助かる話にしているほうが多いかもしれない。
でも、こうした自然の約束を、たんたんと教えてくれるのが、この話。こどもたちは、このような物語によって、生きもののこと、大地のことを、いつのまにかおぼえていく」と自作を語る。

★ 星
南フランスの美しい自然や田舎の人々の愛情を、簡潔な美しい文章で綴る作品。
貧しい羊飼いの主人公が、主家のお嬢さん、ステファネットに恋心を抱いているが、貧しさゆえに、高嶺の花と憧れるほかない。
ある日、そのステファネットが羊飼いのために半月分の食料をラバに積んでやってくる。用事を済ませた彼女は帰路につく。日が暮れるころ、帰ったはずの彼女がびしょ濡れ姿で現われる。夕立で嵩を増した川で溺れかかったのだった。
羊飼いは彼女の服を乾かし、彼女を羊小屋の中で寝かせ、自分は外に出る。しかし彼女は眠れず、羊飼いと並んで星空を眺める。
羊飼いのこころに輝く星と空の星と…。そのふるえるような幸福感が伝わる名文。読むものの胸までどきどきしてくる。
あらゆる音が絶えた、朝近いひんやりした高原の空気と、手が届きそうな星の清い輝きが見えてくる名文。

★ アルルの女
情熱的なアルルの女に翻弄された若君ジャン。恋した女をどうしてもあきらめられず自殺する。
明るい南仏の風景とお祭り騒ぎが背景をなす。対照的に、青年の狂おしい恋が物悲しい。青年の両親、とくに母親の思いに胸つまらされるものがある。
この小品は戯曲『アルルの女』として書き直され、ビゼーが音楽をつけた。南仏の美しい自然を彷彿とさせるような、フルートが奏でるメヌエットのメロディが有名。
祭のときに青年が熱狂的に踊るファランドールは、情熱的であると同時に、一抹の不安を感じさせる伏線になっている。
当のアルルの女は一度も姿を見せない。にもかかわらず、読むものにはその女がはっきりと見える。これぞこの作家の文学。青年も、アルルの闘技場でたった一度会っただけ。恋の炎とはそうもはげしいものか。ビゼーの音楽も,一度も姿を現わさないアルルの女の魅力を、華麗な旋律で陰翳ゆたかに表現している。

★ 法王のらば
性悪な佞臣(ねいしん)を7年かけて復讐するラバ。単純な権力者の法王なら口先でだませても、ラバはだませない。ちょっとおどけたこっけいばなし。(「はだかの王様」の、子どもの率直なことばが想起される)
法王庁が置かれたアヴィニョンが近いこともあって、「法王のらば」にかぎらず、「キュキュニャンの司祭」「ゴーシェー神父の保命酒」のように、教会のこと、宗教的な雰囲気の濃い小品も多い。しかしそれは、堅苦しくなく、ユーモアにあふれた読みやすいものとなっている。
       ※アルフォンス・ドーデー(1840.5.13〜1897.12.17)  「風車小屋だより」岩波文庫

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